2015年10月31日土曜日

――ゆにばーすっ!最終章~楽園~――





「どうして僕達が戦わなきゃならないっ!」


僕は精一杯の声でそう叫んだ。
けれども彼女は止まらない。その瞳にいっぱいの涙を溜めたまま……

――ゆにばーすっ!最終章~楽園~――



そして僕達は互いを求め合うように、滅びの預言をなぞり始めた。



 月を背にした現世の皇女は、目を閉じて呟く。

 「私達は、その為に――生まれたんだよ?」

 突如、空が落ちてきたかのような衝撃がマサキを襲った。
 範囲重力を任意で入れ替える超科学の力。その元凶たるネックレス型のデバイスが、彼女の胸元で明滅していた。

 ネックレスに収められているのは数千年を生きた仙人の身を封じた石のかけら。
 調停を司る者、救済を代行する者、審判に導く者。いくつもの呼び名を持つ評価型人工知能(イニシエのヒト)[原始天尊(リチャード・グレンヴィル)]が、彼女を介して辺り一面に加圧の呪いを展開したのだ。

 マサキの視界から光が薄れ、景色が歪む。その中で、彼女の体がゆっくりと宙に浮かぶ。重力の入れ替えにより発生した反重力場が、彼女に掛かる荷重を打ち消しているのだろう。
 華奢な体が宙(そら)に舞い、月を背負う。その姿に、マサキの持つ評価型人工知能(イニシエのヒト)が反応した。

 ――討テ! アレヲ討テ!――
 
 評価型人工知能(イニシエのヒト)がしきりに叫び、彼の精神に干渉し始める。

 ――討テ! アレヲ討テ!――

 評価型人工知能(イニシエのヒト)はマサキを煽る。
 普段であれば間違いなく気絶させられているだろう評価型人工知能(イニシエのヒト)の力の暴走。磁場PS粒子干渉による強制の呪いはマサキの神経を掻き毟り、対PS粒子デバイス【真核】が埋め込まれている彼の心臓を締め付けた。
 その干渉による衝動はかつて感じたどれよりも強烈で、伝わってくる殺意はマサキの自我をもすり潰してしまいそうな程であった。
 だが、皮肉にも評価型人工知能(イニシエのヒト)自体が持つ受動防衛機能、課せられた重力に対抗する為展開された【環境防衛干渉力場】は、マサキの意識を乗っ取ろうとする呪いの力さえも妨げた。

「ふぐぅぅ……ぅううううううぁあっ!」

 ――妨げたのだが、しかし課せられた暗示の効果に影響はない。マサキの持つ評価型人工知能(イニシエのヒト)の下した反射運動的強制命令は、マサキの制御できない能力【ソロモンの枝】の噴出を阻止するには至らなかった。

 その身に宿る血伝因子(ブラッドプロトコル)【罪過の渦】の働きで、心の中に純粋な殺意が満ちる。

 枝の切っ先が彼女を捕らえた。

 ――が

 「そうだとしても、それは―――!」

 マサキはそれを制御した。


 マサキは確かに見たのだ。彼は彼女がまぶたを閉じたその刹那、月明かりに反射してきらりと光るソレを見た。
 それが何だったかは言うまでもない。その光が、マサキの覚悟を強くした。自分には彼女の涙も宿命も、すべてを拭い去る義務がある。そして今ソレができるのも、自分を除いて他はない。

 あの首にかかっている呪器を――

 やるべきことは一つ。彼女との間合いを一気に詰め、首にかかっている呪器を外す。だが走ってそれを成すのは無謀だろう。展開した加重の呪いはずっしりとマサキの全身に圧し掛かっており、走るどころか歩く事すらままならない。

 ――イチかバチか……!

 「はああああああああ!!」

 腰を落とし身体を支え、彼は丹田に力を込める。
 今のマサキには力みを伴う【理念典礼】しかできないが、先ほどから騒いでいるこの強力な腕輪――評価型人工知能(イニシエのヒト)デバイス【夜魔の輪環】――の能力を発動させるスイッチとしてなら、それで十分だった。

 ワラワニ、委ネヨ……。

 忌むべき呪器【夜魔の輪環】がその封を段階的に解かれ、自由となった憑き物が漆黒の霧となってマサキにまとわりつき始める。
 マサキの内に、どす黒く、粘着質で、甘美で鈍重な感覚が染み込んでくる。
 それは頭に、胴に、指先に、爪先にと、あっという間に隅々まで広がった。

 「くあああああああ!!」

 叫ぶ事で意識を繋ぐ。マサキに内包されている限られたPS粒子が、得体の知れない闇に掻きだされていく。

 「どうして……そんなものを持ち出してきたの? 苦しむだけなのに」

 その叫びに反応しうっすらと目をあけた彼女が、マサキを見下ろし呟く。
 マサキの動きを黙認するつもりは無いと言いたげに、彼女は加圧を展開したままもう一組の呪器(デバイス)、マサキとは違う形状の輪環を、両手で両肘辺りから両手首まで引っ張り下ろした。

 それは極自然に、極あっさりと、マサキの強引なやり方とは比べようもない程極自然に力を灯す。
 細く白い両手首の間で、細かいアーク放電現象が起きた。その呪器(デバイス)は――マサキにも見覚えがある――遙が奪われた地上最強を謳う破壊の呪器(デバイス)【雷光環】。

 右手で左手首の輪を押さえ、左手で右手首の輪を押さえ、まるで天に祈りを捧げているかのような格好で、彼女は最後の一言を告げる為の息を吸う。

 そこで、マサキは、吼えた。
 
「ちっくしょおお!なんだってそう、意地っぱりなんだよおまえらあああああ!!!」

 刹那――雷鳴が、空いっぱいに轟いた。
 純白の閃光が走った後、何もかもをも炭化させる破壊の渦が地を這った。幾つもの枝を持った青白い稲妻が、時を感ずる暇も与えずマサキそのものを飲み下す。


 ――その場に、光があふれた――






2015年10月7日水曜日

記憶を形成する人工インプラント

障害のある脳が記憶を形成することを補助する世界初の人工インプラントが開発された。
これは脳内の記憶シグナルの操作に成功した世界で初めての事例。

脳が変性すると、最近の出来事から長期記憶が形成されなくなる。
脳に障害のある一部の人が、昔の出来事は思い出せるが、最近の出来事は思い出せないのはこの為。

脳が短期記憶を長期記憶に翻訳するうえで利用する電気シグナルを模倣したコンピューターアルゴリズム。
電極などを脳に直接移植することで使用する。

記憶を「読む」方法はまだ存在しない。
しかし、この電気的シグナル伝達装置を利用すれば、脳内の損傷部位や病変部位を迂回し、その電気シグナルから記憶の内容や意味を解読することができる。

ラットや猿を用いた実験は成功しており、現在は人間による実験が進められている。
これまでてんかん症状のある9名の慢性発作を治療するために、患者の脳に電極が移植された。

実験では、コンピューターの画面上に表示された様々な形の位置を思い出すなど、患者に単純な作業を行ってもらう。そして、その際の脳内の電気シグナルを読み取る。
この結果を基に、シグナルの翻訳を90%の精度で予測できるようになるまで、電気的アルゴリズムが調整される。
神経シグナルの予測ができるということは、脳の損傷部位の機能を補助あるいは代替する装置の開発が可能になるということ。
次のステップは、翻訳されたシングルを患者の脳内に送信すること。
問題のある部位を迂回できれば、正確な長期記憶が形成される。

本研究が目指すのは、負傷した兵士の記憶回復。
しかし、記憶が蓄えられている海馬の損傷部位を迂回するなど、アルツハイマー病のような神経変性疾患の治療としても利用することができる。
尚、世界ではすでに、麻痺のある人の脳に移植した装置を使って、ロボットアームや自分自身の手足で簡単な動作を行う実験に成功している。