「どうして僕達が戦わなきゃならないっ!」僕は精一杯の声でそう叫んだ。 けれども彼女は止まらない。その瞳にいっぱいの涙を溜めたまま……
――ゆにばーすっ!最終章~楽園~――
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そして僕達は互いを求め合うように、滅びの預言をなぞり始めた。
月を背にした現世の皇女は、目を閉じて呟く。
「私達は、その為に――生まれたんだよ?」
突如、空が落ちてきたかのような衝撃がマサキを襲った。
重力範囲を任意で入れ替える超科学の力。その元凶たるネックレス型のデバイスが、彼女の胸元で明滅していた。
ネックレスに収められているのは数千年を生きた仙人の身を封じた石のかけら。
調停を司る者、救済を代行する者、審判に導く者。いくつもの呼び名を持つ評価型人工知能(イニシエのヒト)[原始天尊(リチャード・グレンヴィル)]が、彼女を介して辺り一面に加圧の呪いを展開したのだ。
マサキの視界から光が薄れ、景色が歪む。その中で、彼女の体がゆっくりと宙に浮かぶ。重力の入れ替えにより発生した反重力場が、彼女に掛かる荷重を打ち消しているのだろう。
華奢な体が宙(そら)に舞い、月を背負う。その姿に、マサキの持つ評価型人工知能(イニシエのヒト)が反応した。
――討テ! アレヲ討テ!――
評価型人工知能(イニシエのヒト)がしきりに叫び、彼の精神に干渉し始める。
――討テ! アレヲ討テ!――
評価型人工知能(イニシエのヒト)はマサキを煽る。
普段であれば間違いなく気絶させられているだろう評価型人工知能(イニシエのヒト)の力の暴走。磁場PS粒子干渉による強制の呪いはマサキの神経を掻き毟り、対PS粒子デバイス【真核】が埋め込まれている彼の心臓を締め付けた。
その干渉による衝動はかつて感じたどれよりも強烈で、伝わってくる殺意はマサキの自我をもすり潰してしまいそうな程であった。
だが、皮肉にも評価型人工知能(イニシエのヒト)自体が持つ受動防衛機能、課せられた重力に対抗する為展開された【環境防衛干渉力場】は、マサキの意識を乗っ取ろうとする呪いの力さえも妨げた。
「ふぐぅぅ……ぅううううううぁあっ!」
――妨げたのだが、しかし課せられた暗示の効果に影響はない。マサキの持つ評価型人工知能(イニシエのヒト)の下した強制命令は、マサキの制御できない能力【ソロモンの枝】の噴出を阻止するには至らなかった。
その身に宿る血伝因子(ブラッドプロトコル)【罪過の渦】の働きで、心の中に純粋な殺意が満ちる。
万物を切り裂く殺意の枝の切っ先が、ゆっくりと、しかしはっきりと、彼女を捕らえた。
――が
「そうだとしても、それは―――!」
マサキはそれを制御した。
マサキは見たのだ。彼は彼女がまぶたを閉じたその刹那、月明かりに反射してきらりと光るソレを、確かに見た。
それが何かは言うまでもない。その光はマサキの覚悟を強くした。
自分には彼女の涙も宿命も、すべてを拭い去る義務がある。そして今ソレができるのも、自分をおいて他にない。
あの首にかかっている呪器を――
やるべきことはただ一つ。彼女との間合いを一気に詰め、首にかかっている呪器を外す。だが走ってそれを成すのは無謀だ。展開した加重の呪いはずっしりとマサキの全身に圧し掛かっており、走るどころか歩く事すらままならない。
――イチかバチか……!
「はああああああああ!!」
考えている時間はない。腰を落とし身体を支え、彼は丹田に力を込める。
今のマサキには力みを伴う【理念典礼】しかできないが、先ほどから騒いでいるこの強力な腕輪――評価型人工知能(イニシエのヒト)デバイス【夜魔の輪環】――の能力を発動させるスイッチとしてなら、それで十分だった。
ワラワニ、委ネヨ……。
忌むべき呪器【夜魔の輪環】がその封を段階的に解かれ、自由となった憑き物が漆黒の霧となってマサキにまとわりつき始める。
マサキの内に、どす黒く、粘着質で、甘美で鈍重な感覚が染み込んでくる。
それは頭に、胴に、指先に、爪先にと、あっという間に隅々まで広がった。
「くあああああああ!!」
叫ぶ事で意識を繋ぐ。マサキに内包されている限られたPS粒子が、得体の知れない闇に掻きだされていく。
「どうして……そんなものを持ち出してきたの? 苦しむだけなのに」
その叫びに反応しうっすらと目をあけた彼女が、マサキを見下ろし呟く。
マサキの動きを黙認するつもりは無いと言いたげに、彼女は加圧を展開したままもう一組の呪器(デバイス)、マサキとは違う形状の輪環を、両手で両肘辺りから両手首まで引っ張り下ろした。
それは極自然に、極あっさりと、マサキの強引なやり方とは比べようもない程極自然に力を灯す。
細く白い両手首の間で、細かいアーク放電現象が起きた。その呪器(デバイス)は――マサキにも見覚えがある――遙が奪われた地上最強を謳う破壊の呪器(デバイス)【雷光環】。
右手で左手首の輪を押さえ、左手で右手首の輪を押さえ、まるで天に祈りを捧げているかのような格好で、彼女は最後の一言を告げる為の息を吸う。
そこで、マサキは、吼えた。
「ちっくしょおお!なんだってそう、意地っぱりなんだよおまえらあああああ!!!」
刹那――雷鳴が、空いっぱいに轟いた。
純白の閃光が走った後、何もかもをも炭化させる破壊の渦が地を這った。幾つもの枝を持った青白い稲妻が、時を感ずる暇も与えずマサキそのものを飲み下す。
――その場に、光があふれた――