風が強い。
丸い月が空に輝いている。
星と月の光で青く染まる闇の中に、ひとつの人影が見えた。
オレンジ色のマフラーを首に巻いて、両手を背中辺りで組んだまま、どこか遠くを見ているその人は、マサキのよく知っている顔をしていた。
「……白畑さん」
月明かりが、その肌を陶器のように白く輝かせている。
冷たい夜風がスカートの白を弄んでいる。
黒いタイツとの対比が鮮やかで、その姿はマサキの知っている彼女とは明らかに別のものだった。
形容するなら――マサキは遙の童話に出てきた告死天使を思い出す。その原因はおそらく、あの魂の抜けてしまったような、それでいて鋭利で冷たい瞳のせいなのかもしれない。
「来てくれたんだ」
マサキに視線を移さぬまま、彼女は言った。
その声はどこか重く、喜びとも失望とも取れない音をしていた。
「白畑さん。……どうして――」
「――わたし、言いましたよね」
虚空に視線を投げたまま、のぞみはまるで独り言のようにマサキの言葉を言葉で遮った。過去に体験したことの無い彼女のその強引さはマサキに青天の霹靂とも思える衝撃を与え――彼の二の句は封じられた。
「2番でもいいって。2番でいいから、マサキさんの事、好きなままでもいいですかって――でも、駄目なんです。気がついたんです。あぁ、それじゃあ、わたし、だめだなぁって」
やっぱりだめなんです――彼女はもう一度、自分に語り聞かせるように呟く。
「白畑さん……僕は」
「でもやっぱり、一番でいたい。私はマサキさんの一番でいたい!一番でいたい!……よぅ……」
その声は半ば絶叫で、半ば涙声だった。
――………。
どうしたらいいのかわからない。己が無能にマサキは自己嫌悪を覚える。それは悔しく腹立たしく、そしてどうにもやるせない、筆舌に尽くしがたい思いとなって心の中に積もっていく。
やがて耐え切れなくなり、最も愚かな選択肢にマサキは無意識で指をかける。
「白畑さん。僕は君の事」
「やめて!」
その時、今までで最も大きい声を彼女は発した。思わずピクッとマサキは体を小さく震わす。
「慰めなんていいんです。もう、これしかない。わたしにはこれしか……」
スッ、と彼女が両腕を天に翳す。袖が重力にしたがって落ち、そこに丸い金色のブレスレットを嵌めた細い手首が月明かりの元に露出した。
ブレスレットは三つの管が編み込まれた様に絡み合っており、環を三等分した場所にそれぞれ輝く石が嵌め込まれている。そのブレスレットを見て、マサキの心臓は跳ね上がるように鼓動を速めた。予想していた最悪の事態、恐れていた最もあって欲しくない推測が、真実であると確定した瞬間であった。
「やっぱりわたし、姉さんを倒さなきゃ。両親はわたしを養子に出してまで運命を食い止めたかったみたいだけど、無駄になっちゃいます」
「そんなのやめましょうよ。よくないですよ!実の姉妹なのに!」
その言葉に、のぞみは初めて振り返りマサキの顔を見た。そして、わずかに微笑み――
「結局、マサキさんも姉さんの味方なんですね。やっぱりそっか。あ、わたし、さっきっから、やっぱりやっぱりって。あはは、もう、なんか、壊れちゃったのかな。マサキさんのせいですよ、これ。あぁ、もう……。姉さんをやる前に……責任、とってもらいますね?」
のぞみのブレスレット――雷光環――の三石が、月明かりに逆らう様に輝き始めた。
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